ライフセーバーがいない夏
親が子供を助けようとした時に溺れる事故が、立て続けに増えている。近年は、子供が助かって親が溺れる事故が年間5件から10件の報告がある。
海開きができないコロナの夏。
ライフセーバーがいない夏。
浮いて待て
子供が水に落ちて、流されたりすると誰もがあわてる。あわてた親が飛び込んで助けようとするのだが、親が溺れて子供だけが助かるケースが今年は、立て続けに4件もあったという。
今、子供たちは学校のプールで、「溺れたときには浮いて待て」という指導を受けているそう。
なので、それを実践した子供は助かるが、
飛び込んだ親は浮くことがなかった。
むしろ、「助けなくては」という焦りから、自分も浮いて救助を待つということなど思いもよらない。
私も娘が高校生の時に、離岸流だったのか、引き潮だったのか、そんなのに流されている娘を見つけて大慌てしたことがある。
ちょうど娘は反抗期の真っ盛り。家族旅行にしぶしぶ付いてきたものの、家族から離れて大きめの浮き輪をつけて海に入っていた。
ふと目をやると、ちょっと遠くに行き過ぎている感じがしたので、心配になって桟橋の方から声をかけたのだが、そこはしっかり反抗期なので知らんぷり。
しかし、よく見ると娘のこちら側にいる人たちと娘が浮いているところとでは明らかに流れが違う。海の色も心なしか違う。
とっさに海に飛び込んで、娘のところまで泳いでいく。「流されているからパパの手につながりなさい!」と叫んだのだが、本人はさっぱり。
あっという間に私から離れていく。
今度は、こちらは潜って娘の足を捕まえるが、これもバタバタと跳ね除ける。しかし、浮き上がった私のあまりの声と形相に驚いたのか、浮き輪を離して、ようやく私に手を伸ばしてきた。私の側と娘のいた側は、ほんの紙一重。
離した浮き袋は、あっという間に沖に流されて行った。
もちろん当時は、助かった後も知らんぷりを決め込んでいたが、反抗期だろうがなんだろうがいのちの瀬戸際には、自分一人ではどうにもならないことに気づいたかもしれない。
沈みかけたいのち
千葉県の東京湾で小学生がゴムボートに乗ったまま流された事故があった。
父と子供がゴムボートに乗り、少し沖に出たところで、父が海に潜り始めた。
ところが、父がふと気が付くと、子供を乗せたゴムボートが風に流されて勢いよく離れていくではありませんか。
泳ぎには自信があったので、必死になって追いかけたが追い付かない。
子供はどんどん離れていってしまった。
やがて、大学のシーカヤック部の学生たちが子供しか乗っていないボートを発見し、ボートを確保。
別のシーカヤックが力尽きて漂う父を発見し、救助。その時、父は「もうダメだ。もうダメだ」と憔悴しきっていたという。
今夏も相次ぐ水難事故。
わが子を助けるあまりの親の犠牲。
子供を助けたいという一心なのはよくわかるが、それはあまりに無謀。
万一飛び込んでしまったら、「助けるんだ」とは考えず、「子供のそばに寄り添い、子供と一緒に浮いて待つ」が生還への早道という。
そう言えば、私の小学時代からの人生。
よく考えてみると、いつもどこでも浮いていた。このブログの中でもきっと浮いている。
いつでも「浮いて待っている」。
しかし、なにを⁈