悲しみを交響曲へ
ショスタコーヴィチ作曲による「交響曲第7番」というのがある。
ショスタコビッチは、1906年レニングラード（現、サンクトペテルブルク）に生まれた。1919年、13歳で地元の名門音楽校、ペテルブルク音楽院に進学。
音楽院の学長が「過去最高」と絶賛した早熟の天才でした。
ショスタコビッチ35歳のとき、1941年ナチスドイツ軍はレニングラードを包囲した。連絡路が途絶え、戦火だけでなく、飢餓で多くの市民が亡くなった。路上には死体があふれ、人肉で飢えをしのぐ凄惨な状況にあった。
レニングラードを愛してやまないショスタコビッチは、家族と共にレニングラードに留まり、市民に向けて次のような声明を出した。
親愛なる市民の皆さん。すぐ近くで敵との壮絶な戦いが行われているレニングラードで話しています。
私は昨日の朝、新作の第２楽章を書き終えました。完成したあかつきには、交響曲第７番になるでしょう。私たちの生活はいつもどおり続いています。我々芸術家も皆さんと共に戦っています。それがよい芸術であればあるほど、誰も破壊などできないと私は信じています。あと少しで第７番を書き上げます。親愛なる皆さん、それでは ･･････。
この第７番を巡り、時の大統領ルーズベルトは、アメリカ初演で世論を味方につけようとし、スターリンは「第７番でアメリカの世論を変え、ソ連への共感を広げようと」のもくろみがあり、水面下でアメリカとソ連は手を結ぶことになる。
賢い政治家は芸術を政治に利用することに長けていると言われるが、それこそが20世紀最大の大量殺戮を行った巨大な悪、スターリンとヒトラーと評したのは、N響の首席指揮者で、世界的指揮者のパーヴォ・ヤルヴィ。
交響曲第７番の252ページのスコアはマイクロフィルムに収められ、ドイツ軍を避けつつ、まるでスパイ映画さながら危機一髪が繰り返されながら、アメリカに輸送され、1942年7月19日マンハッタンのNBCスタジオでトスカニーニ指揮・NBC交響楽団の演奏で行われた。
これはラジオで全米生中継され、メディアの反応は爆発的大成功。
「今やショスタコーヴィチが嫌いだというものはアメリカ人にはあらず」とまで言われた。
この直前には、ソ連のクイビシェフ、モスクワと立て続けに交響曲第7番の演奏会は成功し、
まさにこの瞬間、音楽を通して米ソが一つになった。
問題は肝心のレニングラードでの演奏。
レニングラード・ラジオ・シンフォニーの楽団員のほとんどは徴兵され、活動休止状態。
ドイツ軍に完全包囲されて追い込まれていたレニングラードの総司令部のトップ、アンドレイ・ジダーノフ。ラジオからひたすら流れてくるメトロノームの音にいらだった彼は「音楽でも放送しろ」と命令一喝、楽団員たちが戦場から戻されることになる。
しかし、食料不足とエネルギー不足の中での練習は困難を極めた上、演奏するには100～120人を必要とする。それでも指揮者のエリアスベルクはなんとか80人でやろうとしたものの、80人には、まだ20人以上も足りない。
そんなあらゆる困難を奇跡的に乗り越えて、ようやく1942年8月9日夜7時幕が上がる。
会場は、レニングラードで最も格式のあるコンサートホール、レニングラード・フィルハーモニア。1500人収容の客席は、市民たちで埋め尽くされた。
演奏会の終了後、指揮者エリアスベルクは一人の少女から花束を贈られた。家族で育てた花だとのこと。
添えられたカードには「レニングラードの音楽をお守りくださり、ありがとうございます」と。
エリアスベルクは、食べ物も満足に得られないなかで花を育てる人がいることを知り、言葉を失った。
少女の母親は少女に次のように言ったそうです。「たとえ何が起きても普通の生活を忘れないように」と。
この演奏は、ラジオで生中継されただけでなく、街角のスピーカを通してレニングラードを包囲するドイツ軍にも流れていた。その音を聴いたあるドイツ兵は、「あの曲を聴いた時、私たちには絶対、レニングラードを倒せないと思った」という。
たとえ政治に利用されたとはいえ、確かに「音楽が人間を正気に戻した」という事実がある。
上記詳細8/7にYouTube配信
